庄内時代の後半は、よく自転車で大阪市内に行きました。
神崎川と淀川と2カ所、橋を超えるんですが、写真は2008年7月ころのもので、
この眺めがなぜか好きでした。
ドイツの哲学者ゲオルグ・ジンメルのエセーで、「橋と扉」という示唆に富む文章があって、
両義性に満ちた世界の中で、分かたれたところに橋を架けるということの意味、
閉じた空間から境界の外に出るときに扉の持つ意味を、
比喩というか象徴的存在として読みほどいています。
分断と結合を視覚的に表現する橋。
閉じた空間から外部へと誘う扉
こちらとあちら。
分断された世界をつなげようとする試み。
ジンメルを読むと、橋を越えることで、橋を架けることで
なにか新しい世界が開けるような気がしていました。
そういえば、昔、イタリア文学者の須賀敦子さんが、フランスの哲学者シモーユ・ヴェイユの思想を
「世界をよこにつなげる思想」と書いていたことが思い起こされます。
庄内時代もいくつか取材していただいたことがありましたが、
これでなにかが変わるんだなぁと取材中に感じたのが、
2009年5月発売のあまから手帖のときで、
下町のお好み焼き屋で、645の中判カメラのシャッター音が鳴る度に、
これから自分たちどこに行くんだろうと思ったことを覚えています。
今月で移転して、いち年になります。
もっと親しんでもらえるようにあれこれ考えています。
「変」なのか「偏」なのかはわかりません。「ヘン」な「お好み焼屋」ですが、
帰るときに「楽しかった」と言ってもらえたらそれでいいかのなと思っています。